<< 赤ちゃんと一緒生活開始 | main | 二人目育児生活スタート! >>

第二子出産記録♪

二人の友人から同日に、それぞれ妊娠報告と結婚報告のメールが届きました。
妊娠報告メールの返信を打鍵している最中に結婚報告メールが入ってきて、びっくり二倍でした。
二十代とかの若い人ならば別段珍しくもない出来事でしょうが、ワタクシ世代でのこのダブルおめでたい報告というのは、特筆すべき事件です(笑)いや〜ホントおめでたい!!
嬉しくって、何だか無駄にテンション上がって、眠れなくなったりするのだった。貴重な睡眠時間が・・・(苦笑)
いやはや三十代、四十代、まだまだ頑張らねばなりませんね!!エイオー!!

それでは、自分自身のオメデタイ出来事=出産記録を綴りたいと思います。
安産だったし、陣痛時間も短かったしで、あまり面白い記事にはならないとは思いますが(多少のトラブルがあった方が後日の武勇譚としては面白いよね)、自分の為の備忘録代わりとして・・・。
事象柄、少し生々しい描写もあるかと思いますが、ご了承下さい。
 

まず、出産の2日前に“おしるし”がありました。また出産前日には前駆陣痛が訪れておりました。
その為、イキナリ破水から始まった一人目出産と違い、「あ、そろそろ産まれるんだな」という心構えが出来ていた今回の出産です。
予定日よりも二週間ばかり早かったのですが、正期産の週数には入っていたし(38週)、胎児の体重もそれなりにあったしで、「出てくるなら早く出ちゃってくれ〜」と待ち構える心地で、前駆陣痛と共にある一日を過ごしました。
この前駆陣痛が想像より辛かった。陣痛の露払い的な存在であろうソレですが、結構な痛みがあり、これが数日続いたりしたら精神的に追い詰められそうな気がして、「さっさと引導を渡そう!!」と意気込んでおりました。
ウォーキングに雑巾掛けにスクワット・・・「良い陣痛を呼ぶ」と言われる事を一通りしてみたりして。あ、オロナミンCも飲んでみました(←真偽の程は分かりませんが、陣痛祈願的に・笑)

それらのオマジナイが効いたのかどうか。その夜の内に本陣痛がやってきてくれました。
深夜1時頃。“張り”と“痛み”により目が覚める。
痛み自体は大した事はなかったけれど、訪れる間隔が一定な気がする・・・。「あ、陣痛カモ?」と思い、時計を引き寄せて痛みの間隔を計ってみると、既に10分間隔でありました。
『経産婦は陣痛間隔が15分になったら産院へ』と言われておりますが、真夜中の事ですし、もし陣痛じゃなかったら手間になるなぁと考え、一応そのまま様子を見る事に。時計を眺めつつ陣痛間隔を計っておりました。

そして深夜2時頃。10分間隔から遠のく事なく、むしろ縮まっていくのを確認し、産院へ連絡すると、「それでは、こちらへ来て下さい」との事。
スヤスヤと寝息をたてるドーターの耳元で「ママ頑張ってくるからね!!いいコで待っててね」と呟き、母にドーターを託しました。そして父に車を出してもらって産院へ。
産院に着いた時点で、子宮口はまだ2cm。しかし経産婦である為、陣痛の進みが速いかもしれないという事で、即入院となりました。

出産した産院は、全室個室という有り難い環境。しかもちょっとしたリゾートホテル並みの広さの部屋なのです(トイレ・シャワー室付き♪)
妊娠してからこっち旅行等を控える生活を送っていた為か、和み系の絵画が飾られていたり、落ち着いたトーンのソファが置かれていたりする、心地の良い病室に入って、何かだウキウキするワタクシ(笑)「病院に入院というより、ホテルにステイするみたいじゃね?」なんてね。いや、その後すぐに「ウキウキ♪」なんて言っていられない、陣痛との戦いが待っていた訳ですが(笑)

深夜4時頃。ダンナにメールで連絡してみる。
「当然就寝中だよね」とは思ったものの、これから陣痛が進むとメールやら電話やらしている余裕が無くなるだろうし、出産前に連絡出来るのは今が最後だろうと思い。
予想外に、即座に返信メールが来る。着信音で目覚めたらしいけれど。折角なので直電話をかけ、「産んできまっさ〜」「おう、頑張ってな〜」と遣り取り。
この時点ではまだまだ余裕がありました。痛みは重めの生理痛程度かな。
しかし、この後急激に陣痛が進むのでした。

経産婦の強みは、“陣痛のMAX痛みがどの程度なのか”を知っている事だと思います。その時点での痛みが山の裾野なのか中腹なのか、それとも頂上近いのかが分かるというのは、苦痛耐える上での助けになります。初産婦だと、何時まで苦しみを耐えれば良いのか先が見えないという恐怖がありますからね。
さて、ダンナに電話した時点での陣痛の痛みは、まだまだ中腹にもさしかかっていないという程度でありました。「午前中には産まれるかなぁ」なんて暢気に構えておりました。
ところが、この4時から5時までの一時間の間に、みるみる痛みが増していき、陣痛間隔もあっという間に2分間隔へと進んでいったのです。
妊娠中とっぷりとトレーニングしていたヨガの呼吸法で、何とか痛みと“いきみ”を逃そうとしましたが、身体の方の進みの速さに心が追いついていけなくて、「まだ少し早いかも」と感じつつも、ナースコールに手が伸びてしまいました。(あ、あれ?“経産婦の強み”は?・笑)

分娩室へ入り分娩台に乗った時点で、子宮口は7cmくらい。「ああ、やっぱりまだ早かったか、一旦病室に戻されるかなぁ」と落胆したのですが、身体の向きを変える動作をした時に訪れた陣痛で、胎児の頭がモゾモゾと出てくる感触を感じました。
「あら、子宮口最大になりましたね。お産の準備をしましょう」と、キビキビ動き始める助産師さん。
おお!!あっさり開いてくれたか子宮口。よっしゃヤルゾ!!と改めて気合いを入れるワタクシ。
この産院は、助産師さんがメインになってお産にあたってくれます。で、切開などの医術的な処置が必要な時だけ、お医者さんが分娩室にのっそり入って来て処置してくれるのです。
そのせいか、助産師さん達はどなたも、高い技術と意識、そして自信を持って、お産を誘導してくれます。
上のコの出産時に、この産院の助産師さんに全幅の信頼を感じていたワタクシは、ただもう助産師さんの誘導に従って、いきんだり、いきみ逃しをしたり、それだけに集中しておりました。

最初の何度かの陣痛の波を、いきみ逃しの呼吸法で凌いだ後、「息を吐きながら、いきんで下さい。呼吸を止める程には力入れないでね」と言われました。「おお!!やっといきめる!!いきみ逃すの限界近いよもう」と、楔をを外されたような開放感を感じつつ、マタニティヨガでトレーニングした方法で、ググッといきみました。手足の力は極力抜きつつ、下腹だけに力を入れる方法です。
2度目のいきみの時でしょうか。これまたマタニティヨガでトレーニングした『胎児の頭が骨盤の中をくぐりぬけるようなイメージ』で腰を上げながらいきむと、そのイメージ通りか、産道をナニモノかがツル〜ンと滑り下りてくる感触がありました。(いや、ナニモノかって、胎児の頭なんですが)
誇張ナシで本と、ツル〜ンってかんじ。どうやら一気に頭の先が出てきたようです。

進みの速さに、助産師さんは、そのままスポンと飛び出しそうな胎児の頭を押し留めながら「はい!!短い呼吸で、いきみ逃して下さいね!!フッフッフッ」と指示。あまりに早く頭が出てきてしまうと、会陰が裂けてしまうのです。
いきみを逃し、またいきみ。2ターン目くらいでしょうか。
「目を開けてて下さいね!!赤ちゃん出てきますよ〜」との優しい声に、下腹に目を向けるワタクシ。
急に下腹がフッと軽くなり、同時に助産師さんに取り上げられたベィビィの全身が見えました。
うわ〜〜〜v会えた〜〜v

出産の不思議というべきか、あれ程辛かった陣痛も会陰の痛みも、ベィビィが出てきた途端にサッと霧散するんですよね。ベホマでもかけられたかのように(笑)
身体をザッと拭かれた後、私の胸の上に乗せられたベィビィは、あったかくてモゴモゴしてて、とても快い抱き心地でしたv

誕生時刻、午前6時過ぎ。
最初に陣痛を感じてから、計5時間ほどの安産でした。
体力の消耗も少なかったのか、上のコの時と比べると産後の回復も早かったです。孝行息子♪
母乳は、産んだその日から、胸がパンパンに張る程に出てきました。
「二人目だと、何か色々楽〜〜」などと暢気な気分になったのですが、それはつかの間。
出産したその夜から2日間ほど、とんでもなく痛い“後陣痛”に襲われる事になったのです。

後陣痛は、初産婦よりも経産婦の方が辛いといいます。
「“後陣痛”なんて、大げさな名前やね〜。産んだ後に、陣痛並みの痛みが来る訳ないや〜ん」などと思っていたワタクシは大甘だった!!
個人差があるらしいですが、私の場合、ホントに陣痛並みの痛さでした。下腹から骨盤、尾てい骨や大転子まで、まるで鐘付き棒でつかれて振動する鐘楼のように、ジンジンと震える痛さ!!
その痛みが、前触れ無く訪れるからまた恐い。陣痛の場合は、間隔が徐々に狭くなり、痛みも次第に増してくるという、いわば順序立った訪れ方をするのですが、それに対して後陣痛は「ちょっとお茶でも飲もうかね〜ふふ〜ん」などと鼻唄こいている時に、ノック無しで乱入してくる乱暴なヤツなのです。衝撃に、床にへたり込むっつーの!!
あまりの苦痛に、産んだ日の夜は、助産師さんに泣きついてしまいました(笑)
出産時の苦痛には、結構辛抱強く耐えられるワタクシでした。「いたーい!!」などと叫んだりもせず、助産師さんにも「冷静ですね〜」って言われたし。
しかし、一旦「一仕事終えた」と安堵した後に訪れたこの苦痛には、どうにもこうにも耐えられなかった(苦笑)

この日の当直の助産師さんは、二つ返事で鎮痛剤を処方してくれました。この鎮痛剤のおかげで、なんとか眠りに付く事が出来ましたよ。
ところが、後日入院中の他のママさんに聞いたところ、そう簡単には薬を出してくれない助産師さんもいらっしゃるそうで。そのママさんは、「後陣痛が痛いのは、当たり前の事ですからね。我慢して下さい」と言われ、痛みで眠れぬ夜を明かしたそうです。フゥ、私は運が良かった(ごめん、貰えなかったママさん)

このエピソードから分かるように、この産院は、助産師さん一人ひとりが持つポリシーを、とても大切にしているのです。
なので、助産師さんによって、アドバイスの内容が少々異なっていたりもするのです。
「うちの病院はこうなんです!!」という統率されたビジョンが無いので、入院しているママさん達が戸惑う事もあるようですが、助産師さん達はどの方もとても生き生きしています。
母乳指導も非常に熱心な産院で、産んだ後、退院するまで、母乳育児について懇ろに指導してくれます。
「まるで“母乳合宿だよ〜”」と、弱音を吐きそうになるママさんもいらっしゃいましたが(笑)

異なるポリシーの助産師さん達がいらっしゃる事を理解していれば、ニューママにとってもプラスになる部分が多いですし、私はこの産院で出産出来て本当に良かった、恵まれていたと感じております。
東日本大震災により妊娠生活を送るのが困難になっていた私の里帰り出産を、急遽受け入れてくれた点にも、この産院の気骨の強さが現れているかと思います。
その他、ホテルにステイしているかのような心地よい病室や、バリエーションに富んだ食事などに、“出産”という女性にとっての大仕事に対する心遣いが伺えます。

ある日の夕食♪ サラダに見えるプレートは、野菜の下にサーモンのマリネがありました。
産院食

そして夜食♪
産院夜食


本当にいい出産出来たな〜、この環境を与えてくれたダンナとダンナ両親、そして勿論私の両親に感謝だなぁ。そんな思いが、過酷な(?)育児生活の糧となっておりますの事よ。

そして、このブログで見守って下さった方々にも、改めて感謝を申し上げますv
JUGEMテーマ:育児
 
| マタニティ日記 | 11:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
Comment









Trackback
url: トラックバック機能は終了しました。

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
Recommend
こちらもヨロシク
masumiaoiをフォローしましょう
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM